龍淵寺について

歴史

龍淵寺 本尊

1582年(天正10年)
洞空文翁上人という僧侶が現在の場所に草庵を建立。

明智光秀公より寺領と認められ、樫原の人々とともに寺院を建立。
名を「地福院天正寺」と称した。

時同じ頃、物集女街道と旧山陰街道の辻にあった地蔵堂へ、
戦に敗れ逃げ込んできた武士が洞空文翁上人と出会い出家得度。
樫原の地域安泰と先祖供養、檀信徒教化につとめた。

明治になり寺名を「紫雲山龍淵寺」と改め、
辻にあった地蔵堂も物集女街道拡張に伴い境内に移転し、
龍淵寺の現在の姿になる。


総本山誓願寺について

浄土宗西山深草派(じょうどしゅう せいざんふかくさは)の総本山である誓願寺は飛鳥時代、
天智天皇6年(667)、天皇の勅願により創建されました。

もともとは奈良にありましたが、
鎌倉初期に京都の一条小川(現在の上京区元誓願寺通小川西入る)に移転。
その後、天正19年(1591)に豊臣秀吉の寺町整備に際して
現在の三条寺町の地に移されました。

清少納言、和泉式部、秀吉の側室・松の丸殿が帰依したことにより、
女人往生の寺として知られています。

平安時代後期、法然上人が興福寺の蔵俊僧都より当寺を譲られて以降、浄土宗になり、
現在は法然上人の高弟・西山上人善恵房證空の流れを汲む浄土宗西山深草派の総本山です。

「都名所図会(安永9年〔1780〕刊行)」によりますと、
表門は寺町六角、北門は三条通りに面し、
6500坪もの境内に塔頭寺院が18ヵ寺もあり、また三重塔もみられます。

その当時、三条~四条間の「寺町通り」には大小11ヵ寺の寺院があり、
盛り場を回るには、いちいち寺の門から出ては次の門をくぐるといったぐあいで、
つまり塀で仕切られた寺ごとに独立して盛り場が続いていました。

「誓願寺さんへ行こう」、「道場へ行こう」といえば、
遊びを意味するほどに寺町界隈は洛中一賑わっていた場所だそうです。

ところが、明治維新で千年余続いた都が東京へ移り、
幕末の戦乱「禁門の変」(蛤御門の変)で辺りは焼け野原となってしまいました。

こうした寂しい背景のもと、
復興への手がかりを与えようと明治5年(1872)、時の京都府参事・槇村正直は、
すでに芝居小屋、見せ物小屋の集っていた誓願寺境内と
四条寺町を上がった位置にあった金蓮寺境内(時宗・四条道場)に目をつけ上地(没収)し、
三条~四条間に新しい路を通し、一大歓楽街を作ろうとしました。

これが現在の「新京極通り」です。
このため誓願寺は、6500坪を有していた境内の内、
4800余坪の土地を没収されることになりました。

寺町六角に誓願寺の表門(四脚門)があり、
通称「たらたら坂」(新京極三条下る)と呼ばれる坂には、
明治30年頃まで誓願寺の黒門(北門)があったということは、
境内地を失った今では知る由もありません。

また誓願寺は京都の中心地に位置するために戦乱等の影響を受けやすく、
これまで10回もの火災に遭いましたが、
そのたびに多くの信者たちによって再建されました。

現在の鉄筋コンクリートの本堂は昭和39年(1964)に建てられたものです。

歴代住職

第一代 洞空文翁(どうくうぶんおう)上人

天正三年(1575)~
住歴十六年/地福院開基/天正十九年正月二十八日遷化

第二代 印空(いんくう)上人

天正十九年(1591)~
住歴二十二年

第三代 霊空(りょうくう)上人

慶長十八年(1613)~
住歴五年

第四代 聰空(そうくう)上人

元和四年(1618)~
住歴三十年

第五代 真空(しんくう)上人

慶安元年(1648)~
住歴二十六年

第六代 仁空(じんくう)上人

延宝二年(1674)~
住歴十八年

第七代 實現(じつげん)上人

元禄五年(1692)~
住歴二年

第八代 實道(じつどう)上人

元禄七年(1694)~
住歴十七年

第九代 旭潭(きょくたん)上人

正徳元年(1711)~
住歴二年/九州小倉東岸寺へ転住/延享五年五月二十五日遷化

第十代 宣瑞(せんずい)上人

正徳三年(1713)~
住歴二十一年

第十一代 瑞龍(ずいりゅう)上人

享保十九年(1734)~
住歴六年

第十二代 昌道(しょうどう)上人

元文五年(1740)~
住歴十二年/宝暦七年正月二十五日遷化

第十三代 善瀏(ぜんりゅう)上人

宝暦二年(1752)~
住歴九年/上桂長恩寺へ転住

第十四代 法童(ほうどう)上人

宝暦十一年(1761)~
住歴四年

第十五代 師道(しどう)上人

明和二年(1765)~
住歴五年

第十六代 徹龍(てつりゅう)上人

明和七年(1770)~
住歴三年/長州萩長寿寺徒弟/安永二年十一月十六日遷化

第十七代 徹水(てっすい)上人

安永二年(1773)~
住歴六年

第十八代 徹玄(てつげん)上人

安永八年(1779)~
住歴十一年/上植野誓弘寺へ転住

第十九代 純超(じゅんちょう)上人

寛政二年(1790)~
住歴八年

第二十代 薫法(くんほう)上人

寛政十年(1798)~
住歴七年

第二十一代 精空閲典(しょうくうえつてん)上人

文化二年(1805)~
住歴二十七年/中興/丹波法然寺へ転住/天保二年十二月二十五日遷化

第二十二代 大龍(だいりゅう)上人

天保三年(1832)~
住歴十六年

第二十三代 映龍(えいりゅう)上人

嘉永元年(1848)~
住歴一年/嘉永二年八月二十九日遷化

第二十四代 輪空圓瑞(りんくうえんずい)上人

嘉永二年(1849)~
住歴十五年/総本山光明寺六十三世就任/姓松山/
其の他元治元年九月迄十七年間永住

第二十五代 詮龍(せんりゅう)上人

元治元年(1864)~
住歴三年/鎮西派僧侶

第二十六代 忍誉(にんよ)上人

慶應三年(1867)~
住歴二年/鎮西派僧侶/明治十二年九月二日遷化

第二十七代 海尊(かいそん)上人

明治二年(1869)~
住歴四年/鎮西派僧侶

第二十八代 定本(じょうほん)上人

明治六年(1873)~
住歴二十二年/鎮西派僧侶

第二十九代 音空是亮観純(おんくうぜりょうかんじゅん)大和尚 

明治二十八年(1895)~
住歴一年/龍淵寺開山/総本山誓願寺法主/
清浄華院末長崎市龍淵寺と当寺の寺号を交換

第三十代 徳翁有隣(とくおうゆうりん)上人

明治二十九年(1896)~
住歴一年/大正三年五月十二日遷化/姓平野

第三十一代 三空周禅(さんくうしょうぜん)上人

明治三十年(1897)~
住歴四年/三河妙光寺より来住/明治三十四年六月二十三日遷化/姓杉山

第三十二代 哲空賢禅(てっくうけんぜん)上人

明治三十四年(1901)~
住歴十年/明治四十四年九月二十二日遷化/三空上人徒弟
三河国幡豆郡寺津町字苅宿出身/姓倉内

第三十三代 鳳空周隣(ほうくうしゅうりん)上人

明治四十四年(1911)~
住歴十六年/昭和十五年十月二日遷化/三河養国寺へ転住し寂/
三河国幡豆郡幡豆村字鳥羽出身/姓深谷

第三十四代 乘空芳蓮(じょうくうほうれん)上人

昭和二年(1927)~
住歴十三年/三河田口万福寺より来住/三河養国寺へ転住/
昭和二十七年四月十一日遷化

第三十五代 讃空慶音(さんくうけいおん)上人

昭和十五年(1940)~
住歴二十二年/寺津福寿院より転住/三河幡豆郡寺津町寺津白山二四出身/
昭和三十八年六月二十日当山にて遷化/姓榊原

第三六代 最空勝史(さいくうしょうし)上人

昭和三十七年(1962)~
住歴十一年/讃空上人徒弟/昭和四十八年四月一日病気の為退山/姓榊原

第三七代 光空昭三(こうくうしょうさん)上人

昭和四十八年(1973)~
住歴三十九年/岡崎市美合町観音寺より来住/
平成二十三年六月療養の為退山、音羽立信寺へ引っ越す/
平成二十三年七月五日遷化

第三八代 順空和幸(じゅんくうわこう) 

平成二十三年(2011)~
住歴/岡崎市下和田町北浦二十出身/光空上人徒弟/姓髙橋

現住職について

住職 順空和幸

龍淵寺ホームページにお立ち寄り頂きまして誠に有難う御座います。 私事ではありますが自己紹介をさせて頂きます。

平成2年1月
愛知県岡崎市の一般の家庭に生まれました。

平成4年7月
父が交通事故で他界
母一人で私と姉と妹を育てて頂きました。

平成17年3月
15歳のときご縁があり、
母方の親戚が京都龍淵寺で住職をしておりましたが後継者がおらず、
私に声が掛かりました。

父母への恩返しと、幼少のころから
「死んだ人はどこへ行くのだろう」という悩みもあり
出家得度を決意致しました。

平成17年10月
15歳から総本山誓願寺にて修行生活に入り仏教のことを学び、
ある教えに出会いました。

浄土宗元祖、法然上人

「露のみはここかしこにて消えぬとも心は同じ花のうてなぞ」

(草葉の露のようにすっと消え行く、人の命は、はかなきものであります。互いの身が何時、何処で、どちらが先に果てようとも、共に極楽浄土の蓮の台で又お会い出来る事を忘れてはなりませんぞ。)

又再会できるかどうかはわかりませんが、それを願って日暮を送り、
もし再会できたときは、父に恥ずかしくない生活人生を送って、
極楽世界で笑顔でお話しできるようにしたいと思い、
今を生きております。

丁度そのころ雅楽という日本伝統音楽に出会い、
音楽を通じて日本人のみならず世界の人々に
日本の素晴らしさを伝えることができると感じ、今でも稽古に励み、
仏教の式典、神社の祭典のみならず、
たくさんの人に雅楽を聞いていただけるよう
演奏活動もしております。

平成22年7月
末期がんで師匠が80歳で他界。

住職交代の件で話し合いが行われ、
若干20歳の私でしたが家族親戚、僧侶の先輩、
特に檀信徒の皆様の支えのもと住職に任命して頂きました。

皆様の大切なご先祖様をお護りし、
ご縁あった方々へ仏教をわかりやすく伝えることを心掛け、
日々精進しております。

最後まで読んで頂き有難うございました。
合掌

龍淵寺第三十八世 順空和幸


行事日程

毎月23日 地蔵尊御縁日法要(地蔵会)

境内にある地蔵堂に於いて無病息災延命を祈願する法要。詳しい内容はこちら

1月1日 修正会

年の初めに心を正す為の法要。

3月春分の日 春彼岸会

お中日を含め前後3日の一週間、仏の教えを実践する仏教週間。
自然をたたえ、生物をいつくしむ日。

8月19日 施餓鬼会

ご先祖様を通じ、沢山の人へ平等に接する心を養う法要。

9月秋分の日 秋彼岸会

お中日を含め前後3日の一週間、仏の教えを実践する仏教週間。
先祖をうやまい、なくなった人をしのぶ日。

10月13日 十夜会

正式には十日十夜会と言う。
日夜10日間念仏すると願いが通じると言われている。

12月第3日曜日 開山忌

龍淵寺が開かれて以来の歴代上人、
並びに檀信徒各家のご先祖様を供養する法要。

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